アングル:VRで激変する未来の従業員研修 顧客との「共感」を仮想体験

アングル:VRで激変する未来の従業員研修 顧客との「共感」を仮想体験
 未来の従業員研修では、新たな同僚たちの前での気まずいロールプレイングもなければ、退屈なウェブ教材を1時間もかけてクリックし続ける必要もなくなる。写真はヘッドフォン型端末「オキュラス・クエスト」。フェイスブックが22日に写真提供(2020年 ロイター)
Beth Pinsker
[ニューヨーク 22日 ロイター] - 未来の従業員研修では、新たな同僚たちの前での気まずいロールプレイングもなければ、退屈なウェブ教材を1時間もかけてクリックし続ける必要もなくなる。
次世代の職場学習を味わうには、まず、バーチャルリアリティ(仮想現実、VR)用のゴーグルを装着してみよう。10分もすれば、研修内容が脳裏に焼き付いているだろう。
これは魔法ではないし、厳密には科学でもない。だが、ウォルマートからフィデリティ・インベストメンツ、アクセンチュアに至る広範囲の企業にとって、このシステムは十分にうまく機能している。
「パイロットたちが50年にわたってやってきた訓練だ。飛行機を飛ばすことなく、飛行機を飛ばしている」と語るのは、VRベースの没入型訓練を提供するメンローパーク(カリフォルニア州)の企業ストライバーの創業者、デレク・ベルチ最高経営責任者(CEO)だ。
「どのような従業員にも、こうしたVR研修を行うことができる」
<行動による学習>
ウォルマートの例を見よう。2年前から導入されているVR研修では、視野360度にわたるVR映像経験により、従業員はさまざまな視点から状況を目にすることができる。
ウォルマートで米国内での学習を担当するアンディ・トレイナー副社長によれば、現在、VRヘッドセットは4500カ所以上の店舗に配備されており、これを使った研修を体験した従業員は約80万人を数えるという。
ニュージャージー州北部の産業地帯の一角にあるウォルマート・アカデミーの設備は、特に魅力的でもなければハイテクという雰囲気もない。ヘッドセットは、倉庫の入り組んだ通路の奥にある人影のない会議室に置いてあった。
だが、ひとたびヘッドセットを装着すると、自分がいるはずの会議室とは異なる虚実あいまいな空間が目の前に広がる。座っているオフィスチェアを回してその空間を見渡すうちに、自身が会議室にいるという感覚はすっかり失われてしまう。
コミュニケーションやチームワーク、リーダーシップなどの資質を含む、いわゆる「ソフトスキル」を教えるために、ウォルマートが研修で用いる「共感(empathy)」モジュールでは、まずレジ係の視点からスタートする。目に映るのは、混雑したレジの通路と、そこに並ぶ来店客の姿だ。
すると視点が変化し、突然、来店客の立場になる。この特定の客がなぜ腹を立てているのか、背景にある事情も体験できる。
幼い息子を連れて、乳児用の薬を買おうと思ったのに、手持ちの金が足りないことに気づいた父親。
車のバッテリーが上がって、ブースターケーブルを買う羽目になり、娘の発表会を観に行くのに遅刻しつつある父親。
入院してしまった父親のために必要なものを買いそろえようと焦っている女性。
「レジ係は、ひどく機械的にロボットのような対応をしてしまう場合がある」とトレイナー副社長は言う。「だがどんな顧客にもそれぞれのストーリーがあって、その時々の気分には理由がある」
会社側が従業員に伝えたいメッセージは何か。「あなたは、お客様の1日を、悪い方向ではなく良い方向に変えていくことに貢献できる」
<テクノロジーの裏側> 
企業が直面する最大の難問に対応できるかどうかは、シナリオの作成に依存する部分が大きい。台本や絵コンテが必要であり、ほとんどの企業は、ストライバーやテイルスピン(カリフォルニア州カルバーシティ)など外部のコンテンツ制作事業者と協力している。
多くの企業が採用しているハードウェアは、フェイスブックが提供する「オキュラス(Oculus)」である。いくつかのタイプがあり、特にハンズフリー性が高いものもある。
フェイスブックでVR企業エコシステム事業を率いるイザベル・ティウィス氏によれば、VRテクノロジーは生体反応や音声での反応、手や目の動きを測定できるようなシステムへと進化しつつあるという。
ボストンの資金管理会社フィデリティ・インベストメンツで最新のテクノロジーを担当するアダム・シューラ副社長によれば、同社はこうした機能の多くを使って、若いコールセンター担当者に、大半が高齢の定年退職者であるクライアント層を理解させようとしている。
シミュレーションは複雑だ。研修生は顧客との電話を終えると、視点が変わって、その顧客になり、取引の影響がわかるようになる。例えば、顧客が小切手を求めているとしても、電子送金の方が顧客にはもっと便利なのではないか。それを見極めるため、担当者としては正しい質問をすべきだ、ということがわかるようになる。
ファーマーズ・インシュアランスでも、似たような研修を用いて、保険外交員がアバターを相手に複雑なやり取りを練習している。実験的なプログラムだが、2020年第1四半期中には、これを体験する担当者は500人に達するはずだ。
ファーマーズで保険金請求の研修を監督しているジェシカ・デカニオ氏は、「これは自信醸成と結びついている」と話す。「外交員には、契約者の家庭を訪問する際に自信を持っていてほしい。勢いのつくチャンスは多ければ多いほど良い」。
ソフトスキルの測定は容易ではない。だが大半の企業は、VR投資の成果が研修時間の短縮や、従業員のパフォーマンス改善という形で実現していると見ている。
フィデリティのシューラ氏は、「(シミュレーション上では)『失敗してみる』ことが可能になった」と言う。「それが、テクノロジーによって新たに得られた要素の1つだ。現実の失敗のように感じられる」

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